今日の授業で考えさせられました。それは研究者というものについて話し合う授業だったんだけどその後に僕は壁にあったような気がしたのでした。この世には変わったことを研究トピックに選ぶ人がいます。例えば、援助交際の実態を調べたり、白人の黒人への人種差別についての研究、また、凄いところではヌードビーチで何が起こっているかを調べる研究者までこの世には存在しているのです。しかし、その人たちが必ずといっていい程ぶち当たる壁があります。それはどうやって自分の知りたいデータを集めるかです。現在、一番よく使われているのがインタビューやアンケートなのですが、これらには大きな欠点があります。それは相手が嘘をついている可能性があるからなのです。たとえば、路上インタビューで「貴方は黒人を差別していますか?」などと聞いてもだれも「はい」などと答えないでしょう。また、女子高生に「援助交際してる?」と聞けばきっと、「してない」という人もいれば、仲間ハズレになりたくないので、「あったりまえじゃん」なんて答える子だっているでしょう。では、どうしたらいいんだろう?
次にリサーチャーが考えつくのは「観察する」ことでしょう。自分の見たい現象を観察してそれをデータに研究をする方法です。しかし、この方法にも問題があるのです。それは第三者としてでは観察できないものが存在するからです。例えば、援助交際ですが、どうやって援助交際している人たちが本当にホテルの中で何をしているのかわかるのでしょうか?実際、セックスしているのが証明できますか?どこの誰がホテルまで連れていってくれてセックスしているところを観察させてくれますか?そりゃ~、見せてくれればそれはそれで嬉しいけどね。はい、無理だよね。ヌードビーチなどはライフガードの免許を持っていれば中に入れるだろうけど、トピックによっては無理なものも存在するのです。
このような問題の中でリサーチャーが考え出した究極のリサーチ方法があるのです。それはリサーチャーが研究対象そのものになる方法です。ようするに援助交際を研究している人は援助交際をして自分もその世界の一部になることです。実際に援助交際を体験して、その中で「援助交際のセックスはどういうものなのか?」とか「この子はお客のことをどう思っているのかなど」を聞き出すのです。嘘みたいな話ですが、実際にこのような方法で様々な研究が行われています。
研究者がドラッグディーラーのチームに入ってその世界を研究したり、ヌードビーチに参加してそこで起こっている集団セックスの実態やそこに来る人間の心理状態などを研究などは実際に発表されて本になっています。しかし、こんな研究よりも遥かにめちゃくちゃおどろいた研究がありました。それは黒人がアメリカ社会の中でどのように人種差別を受けているかの研究でした。リサーチャーは白人でしたが、薬で自分の肌の色を永久的に黒くして黒人になったのでした。いわば逆マイケル・ジャクソン状態です。そしてアメリカに渡り実際に自分がどのように白人に差別されているかを感じ取ろうとしたのでした。その研究は本として出版され、現在も本屋さんにならんでいるようです。タイトルがまたおしゃれで「BLACK LIKE ME」というタイトルなのでした。
しかし、この研究方法にもマイナーな問題があるのです。それは道徳的な問題でした。ヌードビーチでライフガードをするにも、ドラッグディーラのグループに入って研究するにも、自分が黒人になるにしても研究対象の人間たちに自分のことを黙っているわけです。時には嘘をついて研究対象たちと接っすることもあるでしょう。そしてそれは他人のプライバシーを侵害することに繋がります。だって、援助交際でセックスしている女性は自分が研究対象になっていることを知らずにいるわけです。だけど彼女のセックススタイルはどこかの学会で発表されているわけですよ。ドラッグディーラたちも知らないうちに自分たちの薬の売買が研究されているわけです。さらに驚くことに昔の研究で、このようなことがありました。それはある研究者が「ゲーの集まるバーの公衆トイレでは一体なにが起こっているのか?」という研究のために行った事でした。彼はゲーバーの公衆トイレに1日入りこみ、隠れてゲーセックスがどのように起こるかを研究したのでした。そしてその人たちの後を追って家を捜し当て、セールスマンのフリをしてその人たちの家に訪問をし、家の中の状況を調べたのでした。ここまでくると本当にプライバシーもなにもないような気がします。しかし、結論、リサーチャーというのは自分が研究したいことに命をかけなければいけないということなのでしょう。なにがあっても冷酷に自分の研究を中心に考えなければいけないわけなのです。
そんな授業の中、クラスメイトが教授にある質問をしました。「研究に命をかけるのはわかりました。でも、もし目の前で犯罪が起きているのにそれを無視することはいけないんじゃないですか?」彼女の言いたいことはよくわかります。例えば、ドラッグディーラのチームの研究ですが、目の前に起こっている事は犯罪なのです。目の前にある薬が流通する事によってたくさんの学生などが中毒者になったりするわけです。それなのにリサーチャーは自分の研究のためにそれを警察に届けるようなことはしないのです。その質問に教授ではなく、クラスでも1、2番に賢いと思われるAさんが答えました。「でも、リサーチのためだからしょうがない。それが嫌ならばリサーチをやる資格はないと思います。」教授もある意味、それに賛成の意見を示したようでした。
僕はこの答えを聞いて壁に当たったような気がしました。僕らは世の中を良くするためにリサーチしているのに、目の前の悪は見逃してもいいの?例えば、あなたが家庭内暴力の研究をするためにメイドのふりをしてある家庭に入り込みました。そして目の前で5歳の女の子が父親に殴られています。女の子の顔からは血が流れてきています。そこであなたはどうします。「やった、いいデータが集められる」ってなにもしないで見ていますか?泣いている少女を見て平気な顔でノートを取っていられますか?僕には出来ません。きっと、その父親を止めて警察に通報するでしょう。例えそれがリサーチャーとして失格でも僕はそんな状況を見てはいられないでしょう。それが研究者なのだったらそんなものにはなりたくない。失格でもかまわないよ。学位が貰えなくてもいいよ。卒業できなくてもいいです。だって僕は人間として失格者になりたくないからさ。僕は永久にダメ研究者でやっていくつもりです。
一言:僕は人間として胸をはっていたい。

